Grand Col Ferretへの登り:孤独との闘い
Arnouvaz(U10)を出発すると、目の前には険しいGrand Col Ferretの登りが広がる。最初の数百メートルは予想以上に急勾配で、足元に注意を払いながら進んでいく。ここまですでに100キロも走ってきた疲労が全身に溜まっており、脚にかかる負担がさらに重く感じられた。ふと顔を上げると、トレイルは遠くの稜線に向かって延々と続いている。その遠さが、まるで時間が止まっているかのような錯覚をもたらし、気持ちが一瞬揺らぐ。
ペースの合うランナーたちと一緒に進んでいたが、途中で遅い人が割り込みパックは分断。そこでペースが崩れ、気づけば自分が先頭を引いている状態だった。前のランナーたちとも次第に距離が開き、しばらくは孤独な闘いを強いられる。斜度が一時的に緩やかになる区間もあるが、すぐに再び急勾配が目の前に現れ、体力の限界を試されているようだった。脚はすでに重く、心の中で「もう進めないかもしれない」という声が何度も響く。それでも、進むしか選択肢はない。遠くに峠が見えているはずなのに、その距離がまるで永遠に続いているような感覚にとらわれ、焦りが生じる。
夕日が山々を照らし、空が茜色に染まる中、徐々に気温が下がり始める。まだヘッドランプは必要ないものの、日が沈んでいくことが体力以上に精神に響いてくる。これから訪れる長い夜に向けて、心の中で準備を整えながら歩みを進めていく。
峠にたどり着いて:新たな苦しみの始まり
ようやくGrand Col Ferretに到達した時、ふっと肩の力が抜けた。UTMBの登りでどこが一番辛かったかと聞かれたら間違いなくGrand Col Ferretへの登りだったと言えるだろう。まだ日没前で明るいため、目の前の稜線が見えるというのも精神を大きく削られる要素だった。
Grand Col Ferretはイタリア・スイス国境の峠であり、ここからはイタリアを離れスイスである。しかし、その安堵も束の間、ここから始まるのは長い下りだった。普通であれば下りは楽なはずだが、今の足にはそうはいかない。足指や足裏に走る痛みが鋭くなり、下りがむしろ試練の始まりに感じられる。足はすでに限界を超えている。重力に任せて下ろうとすると、脚全体が悲鳴を上げ、思うようにペースが上げられない。
寒さ、痛み、そして自分自身の臭い。どんどんとメンタルが崩れていくのを感じた。自己否定の声が頭の中で響き始め、「なぜこんなレースに参加してしまったのか」「もう二度と100マイルなんて走りたくない」といった思いが浮かんでくる。それでも、足を前に進めるしかない。走ろうとすると足が痛むため、キロ11分から12分のペースでしか進めない自分がもどかしかった。
この時点ではまだ日が完全に落ちていないが、空がどんどん暗くなり始め、気温も急速に下がっていく。寒さが身体に染み込み、汗をかいた後の冷たい風が体を冷やす。暗くなりつつある山中で、自分の限界と向き合わざるを得ない時間が続く。周りのランナーたちの足音だけが遠くから響き、時間が止まったような感覚が襲う。まるで静寂の中で自分一人だけが動いているかのような孤独感が、精神を徐々に蝕んでいく。
La Foulyまでの長い下り:精神が崩壊する瞬間
La Foulyに向かう10㎞の下りは思った以上に厳しく、疲労困憊の体には一歩一歩が重く感じられる。足の痛みが限界に達し、足指や足裏は刺すような痛みを感じながらも、下り続けるしかない。ここからの下りは、スピードが出せるわけでもなく、慎重に歩みを進めるしかなかった。
ここまで来ると徐々に他のランナーとも距離が開き、足音や息遣いも少なくなる。また、周囲のランナーたちも疲れきっているのがわかる。気持ちは「早くLa Foulyに着きたい」という思いでいっぱいだが、トレイルは依然として続き、時折現れる登り返しがさらに心を削っていく。集中力が途切れれば、崖沿いの道で命取りになりかねないため、注意を怠ることはできない。数か所、鎖が取り付けられている箇所もあった。元気な状態であれば何でもないトレイルであるが、100㎞・24時間以上走ってきた脚にとっては、ふとした瞬間に脚がふらつく危険もあるので気が抜けない。
La Foulyが近づくにつれ、急な下りがさらに足に負担をかけてくる。川沿いの林道に下りたあたりで、ようやくヘッドランプを点灯することになる。暗闇が迫る中、足元を照らしながら捻挫しないよう慎重に進む。暗闇の中、ランナーたちのヘッドランプが、トレイルに光の列をやや間を空けながら作られる。
日が完全に落ちた暗闇の中で、足元の道はより険しく感じられ、痛みと寒さが心を襲う。La Foulyの街に入ってもエイドがなかなか見えない。エイドステーションの明かりが見えた時、ふと気が緩みそうになるが、ここまで来てようやく1時間遅れであることを認識し、残り60kmの道のりを前に、再び気を引き締めなければならなかった。この先、彩の国の1周以上の距離と、彩の国1周と同じ獲得標高がこの先待ち構えているのを知ると気が遠くなった。
La Fouly到着:メンタルの崩壊と次への一歩
La Foulyにたどり着いた時、時計はPlan Aよりも1時間遅れていた。疲労感に包まれ、エイドステーションで少しの休息を取るが、甘いものはもう受け付けない。スイカとバナナを少し食べ、naakエナジーバーを手に取りながら、次の区間に備える。まだまだ道のりは長いが、この瞬間の安堵がほんの少しだけ次の一歩を踏み出す勇気を与えてくれた。