登りの始まり:Arête du Mont Favreへの長い道のり
Lac Combalを出発して最初の1kmは穏やかで、朝の澄んだ空気がまだ冷たく心地よい。しかし、その先に待ち受けるのは、500m弱の急な登りだ。目指すはArête du Mont Favre。遠くに頂上が見えるが、その距離がなかなか縮まらない。太陽はすでに高く昇り始め、直射日光がじわじわと体力を奪っていく。頭に浮かぶのは「まだ登り続くのか?」という疑問ばかり。汗が背中を流れ落ち、呼吸が少しずつ荒くなる。
太陽が高く昇るにつれて気温も上がり、体が重く感じ始める。途中、足元の石を蹴飛ばしながらも、少しずつ前へ進む。気持ちだけは前に出ているが、身体がそれについてこない。見えない時間の壁に阻まれているようだった。お腹が冷えたのかトイレに行きたいが、場所がない。。
Arête du Mont Favreからの絶景:美しさに浸る余裕はない
ようやくArête du Mont Favreに到着。標高の高い場所から見渡す景色は、UTMBのコース中でも屈指の美しさを誇る。広がる山々とその背後に広がる氷河が目に入るが、今はその美しさに浸る余裕などない。足はすでに疲れているし、喉の痛みが依然として消えない。お腹の調子も悪くなり、仕方なく途中でトイレに立ち寄る。
景色がどれほど美しくても、レースの厳しさは変わらない。自然の雄大さは、ただそれを見上げるだけではランナーを癒してくれないのだ。むしろ、その大きさに圧倒され、心の中に小さな不安が芽生える。しかし、ここで立ち止まるわけにはいかない。進み続けるしか道はない。
Refuge Checrouit (U7):補給と再出発
次に目指すは、Refuge Checrouit。試走していた区間であるため、道は熟知しているが、疲れが蓄積しているため体調は万全とはいかない。着実に下り基調の坂を進みながらも、頭の片隅では次の補給地点がちらつく。脚の疲労はすでに感じ始めており、下り坂でもスピードを上げることができない。後ろから抜いていくランナーたちが軽やかに走り抜けていくのを横目に、焦る気持ちを抑えるのに苦労する。
Refuge Checrouitでは、必要最小限の補給を行い、すぐに出発する。この区間は時間を無駄にできないことを自覚しているが、身体の疲れは確実に蓄積している。次に目指すエイドCourmayeurまでの道は、想像以上に厳しいものだった。
Courmayeurへの下り:意外な難所に立ち向かう
Checrouitの1㎞ほど先、ケーブルリフト乗り場からの下りは、試走時にはケーブルリフトを使っていたため、実際に走るのは今回が初めて。思った以上に急な勾配と砂地のサーフェスに足が取られ、慎重に進まざるを得ない。さらに、木製の階段が続き、一段一段が大きい。踏み出すたびに、足指や足裏に痛みが走る。これまでのレースの疲労が一気に押し寄せ、足元の感覚が鈍っていく。
足裏の痛みが増し、次第に歩くことすら困難になりそうな気配がする。それでも、他のランナーに抜かれるたび、何とか気持ちを立て直しながら前進する。途中、北朝鮮の国旗をつけたランナーが目に入る。北朝鮮でトレイルランニングの文化があるのかは知らないが、自由の無さそうな北朝鮮からなぜ彼がここに来ているのか、彼は政府高官の息子とかなのだろうか、など頭の中で様々な考えが浮かんだが、痛みがそれをすぐにかき消す。
Courmayeurに到着:疲労の中のリカバリー
最終的にCourmayeur (U8)には、Plan Aから20分遅れで到着。疲れきった身体を引きずりながら、エイドステーションでしばらく滞在を決めた。クールマイユールはUTMB唯一のドロップバッグを受け取れる場所である。この間、Tシャツと靴下を交換し、足裏には再びテングバームを塗り込む。そして味噌汁や生姜サイダーなど補給した。また、ヘッドランプの電池の交換など。疲れた体と痛む足を少しでも癒すための時間が必要だった。
Courmayeurは、UTMBの中で一息つける数少ない場所だ。ここでのリカバリーが、次のセクションにどれだけ影響を与えるかが問われる。気持ちはまだ折れていない。しかし、足の痛みと疲労、喉の痛みがこれからの旅路をどう変えるのか、そんな不安が心の中でゆっくりと広がり始めていた。


